JR発足から現在までの流れ
国鉄の分割・民営化後、東北・上越新幹線はJR東日本、東海道新幹線はJR東海、山陽新幹線はJR西日本の運営とされたが、当初設備は第3種鉄道事業者の「新幹線保有機構」が保有し、各会社が第2種鉄道事業者として路線を借り受けて運営する形とした。新幹線の保守費用は各社が負担し、新幹線保有機構は設備の貸し代だけを受け取るもので、利益の出る新幹線事業によって赤字となる他地域JR会社への補填を行うのが目的でありました。
しかし、前記JR3社の経営が安定化して、東京証券取引所などへの上場が視野に入ると、輸送量に応じて貸し賃が変わるこの制度のままでは会社の営業努力が反映されない事や、各社の資産・債務の額が確定できない事などが問題視され、結局1991年に制度を変更し、各鉄道会社が新幹線資産を新幹線保有機構を改編した鉄道整備基金から60年賦で買い取る事にしました。分割・民営化後、技術・営業面で停滞していた新幹線も新型車両の登場、新形態など積極的な流れが見られる様になりました。
後者の代表として、JR東日本は新幹線規格(フル規格)の線路を新規に建設することなく、既存の在来線を改良し、専用の車両を新造したうえで、新幹線と在来線が直通運転できるようにしたミニ新幹線を整備した。1992年に400系を新造し、山形新幹線として奥羽本線の福島駅~山形駅が、1997年にE3系を新造し、秋田新幹線として田沢湖線・奥羽本線の盛岡駅~秋田駅が、1999年にE3系1000番台を増備し、山形新幹線の延伸として奥羽本線の山形駅~新庄駅が、それぞれ順次営業運転を開始しめました。
JR西日本は山陽新幹線博多総合車両所への回送線を旅客線化し、1990年に博多南線として博多駅~博多南駅を、こだま号に使用される車両を用いる在来線特急という形態で営業運転を開始しました。また最高速度は210km/hの時代が長く続いたが、次第に向上されるようになり、2006年現在では300km/hに至っています。そして国鉄末期に建設が凍結されていた整備新幹線は工事が再開され、東北新幹線(盛岡~八戸・2002年)・北陸新幹線(長野新幹線・1997年)・九州新幹線(新八代~鹿児島中央・2004年)が部分開業し、残った区間や未開業の北海道新幹線なども工事が次第に進みつつあります。